椿ヶ峰は名前の通り椿が多い、他には檜、椎の木などが密生して光を通しません。
このあたり一体を鹿ヶ谷ということは今までにも語ってきましたがこの鹿はシシに通じるらしいことはこの山にくると何故かに実感をもって思います。
ここには大豊神社があります。市バス、宮の前あたりから東へ、疏水にそう哲学の道を横切って、そのまま進みますと、すぐに参道です。入り口に山上憶良の秋の七草の歌が書かれています。
秋の野に咲きたる花は指(および)折りかき数ふれば七種(ななくさ)の色
ご神体は本殿背後の椿ヶ峰そのものです。実際に行かれましてご覧になりましたら、その自然さ、気高さがよくわかります。有名な社寺よりよほどに身に迫る真実があります。そのあたりはまこと静かです。
仁和三年(887)、宇多天王の病気平癒を祈願して勅命で医薬の祖神、少彦名命をこの峰に祭ったことにはじまるといいますが、南北朝の内乱、応仁の乱で殿社は焼失、文政三年の火災では古文書も失くしたのでありました。
哲学の道の賑わいはわたくしども、京都のものの本意とするところではございません。できましたら神社の南、お玉の橋を渡って椿ヶ峰にも登ってみてください。橋を渡ったところには昭和四十一年当時二十五歳の村田睦穂巡査が殉職したところです。目立ちませんが石碑が建っています。花があげられているときもあります。ささやかな野花ですけれど、うれしいものであります。