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最近は、加茂川で産湯をつかったような京美人、とはどなたもそんないい方をされなくなりました。そんな言葉すら知らない人が多くなったようです。加茂川はそんな川になったということでしょうか。でも、京都に生まれたわたしたちは、たとえ一日、京都を離れていても、帰って来ると加茂川を見てほっとします。
友禅に命を与えたのも実は加茂川の水、水量が豊かで鉄分が少なく、色が鮮やかに上がったからです。やはり自然が一番いいはずです。
ところで京都の市電はすでにありませんが、上田三四二は、その市電に乗って京大病院の研究室に通いました。どちらもふたたび見られぬ光景となりました。幕末の歌人蓮月は加茂川で野菜を洗っていたといいます。歌というものは何よりの証拠となりますね。
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