文・佐藤 真紀
その一 光源氏は名月から
       生まれた!?
今年7月に2000円札が発行されました。 その裏面には源氏物語絵巻「鈴虫二」の光源 氏と藤壺中宮に光源氏が忍び生まれた不義の 子、冷泉院が再会する親子対面の場面が描か れています。 実はこれ中秋の名月(旧暦8月15日)の夜の出来事を描いたもの。内裏で急に宴が中止になり、冷泉院が寂しく月見をしているという知らせを聞いた光源氏が皆をひきつれて、冷泉院の御殿を訪ね名月の宴をしている場面です。右に描かれているのが光源氏で、左が冷泉院です。 またこの源氏物語、作者の紫式部が月の名所といわれる石山寺(滋賀県)で琵琶湖に浮かぶ中秋の名月を眺めている時に物語の着想を得て書き上げられました。光源氏のイメー ジは月光の美しさから生まれたのです。
 
その二 1000年前、
 平安貴族の お月見は・・・
平安時代の貴族は月を直接見上げるのでなく、池に船を浮かべ、池の水面や杯に月を映して名月を楽しんだようです。 京都・嵯峨にある大覚寺では「観月の夕べ」 (9月10日(日))〜12日(火))が催されます。大覚寺は「旧嵯峨御所大覚寺門跡」と称せられ、桓武天皇の皇子、嵯峨天皇の離宮があったところで今なお古式にのっとり大沢池に観月船を浮かべ、琴を奏でて平安絵巻さながらの優雅なお月見ができます。 今年は2000年、皆さまも水面に映った名月を楽しんでみてはいかがでしょうか。
その三 お月見は2度するもの
北野天満宮では「名月祭」が2度ありますが、それぞれ別名があるのをご存知でしょうか?旧暦8月15日にあたるいわゆる「十五夜」の名月祭を「芋名月」、旧暦9月13日の「十三夜」を「豆名月」といいます。 「芋名月」には里芋やずいきや月見団子を、 「豆名月」には枝豆や栗を供えることに由来 しています。お月見の風習は中国で唐の時代 からありましたが、これが平安時代に日本に 伝わり、単に満月を鑑賞する行事だけでなく 畑作物の収穫を祝う祭事になったようです。 お月見には団子がつきものですが、この月見 団子も実は里芋の小芋をかたどったものなの です。 また、十五夜に月見をしたら十三夜にも月 見をするものとされ、「片月見はよくない」という昔からのいい伝えがあります。みなさんも、是非「芋名月」と「豆名月」2度のお月 見を楽しんでみませんか。ちなみに今年の「芋名月」は9月12日(火)「豆名月」は10月10日(火)に行われます。
その四 月光を集める
   銀閣寺の白い砂山
銀閣寺の庭に入り、まず目に入るのは、白い砂の山。松の庭園の中で何か不思議な存在感を発しています。 白砂を富士山形に固めた砂盛りは向月台(こうげつだい)、 その手前に広がる波のように敷かれた砂盛りを銀沙灘(ぎんしゃだん)といいます。この庭は中国西湖の風景にならったもので、大海原とかなたの山を表現しているようです。 また、向月台はこの上に座って銀閣寺の背後の月待山に上る月を待ったとか、月光を反射させその明かりで庭を愛でるようにつくられたなどといわれています。 この向月台、江戸中期には存在していたようですが、いつできたかは未だ謎です。 わび、さびの世界に作られたどこか宇宙的なこの向月台。これを囲んでどんな月見がされていたのでしょうか。残念ながら、銀閣寺でお月見をする事はできませんが、一度月光に照らされた向月台を見てみたいものです。
 
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